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’99.9.25 西日本新聞

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 昭和30年代、平和台球場を沸かせた西鉄ライオンズが最後にリーグ優勝したのは1963(昭和38年)。
 その後、ライオンズが福岡を去り、日本シリーズは見果てぬ夢と思えた時期もあった。あの優勝から36年。 関係者は、初V目前の福岡ダイエーホークスを見守っている。 福岡市中央区舞鶴の天ぷら店「天安」店主、樋口留蔵さん(81)の家で今月中旬、古い写真が見つかった。 平和台球場で並んだ選手の中には「鉄腕稲尾」の稲尾和久さん(62)や「怪童」中西太さん(66)の姿。63年の優勝記念写真だ。
  57年の開店以来、中西さんら主力選手がたびたび訪れた。 「写真はその縁でどこかの新聞社からもらった。ホークスの優勝直前に見つかるのも何かの縁でしょう」と翌日から店内に飾っている。今は熱心なホークスファン。「やっぱり地元のチームが好きです。ほんと、うれしいですよ」。
 写真の中心にいる稲尾さんは、球団誘致運動にもかかわり、ダイエーホークス発足後は戦いぶりが気になって仕方がなかった。 ライオンズの監督時代の昭和40年代、チームの弱体化でファンが急激に離れていった経験から「長い間優勝できないとファンが離れて行くのでは」と不安だったからだ。 しかし、今年の快進撃で不安は吹き飛んだ。
 一方、中西さんは54年のリーグ優勝時の自分たちと、今の選手をダブらせる。「あの時も若手が育って優勝した」。ファンと選手が一体になって応援する姿もあの頃と同じだ。
 もう一人の強打者、豊田泰光(64)さんの思いは少し複雑だ。「平和台も消え、僕と九州をつなぐものがなくなったように感じてね」。 ホークスを好きになれないが、嫌いにもなれない。それは「九州人への愛着かな。みんな祭り好き。優勝に便乗して大いに盛り上がってほしい」。福岡、そして九州への愛着は、今も深い。

− 荒牧 千e Aramaki Kazuhide −
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